この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第171回
斎藤智
次の日の朝、三崎港を出港して、横浜マリーナに帰る航路をセイリングしていた。
「クルージングも、今日で終わってしまうね」
「もう連休、終わってしまうね」
三崎港から横浜マリーナに帰る行程は、今日で連休が終わってしまうということで寂しさもあった。
「もっと連休が長ければ良いのに」
「ルリは、どのぐらいあったら良いと思う?」
「そうね。10連休ぐらいあったら良いのに」
後に、令和という時代が来て、本当にゴールデンウィークが10連休になることがあるなどど、ぜんぜん思いもしていないルリ子が答えた。
「お魚がかかったよ!」
船尾から釣り針を流していたルリ子が叫んだ。
長さ10センチぐらいの魚だったが、ルリ子が引き揚げた釣り針には、魚がかかっていた。
「美味しそうじゃない」
「今日のお昼ごはんのおかずになるね」
一匹だけでは、皆で分けたらひとり分がすごく少なくなってしまいそうだったが。
けっこう、良い風が吹いていたので、マリオネットも、あっきーガールも、ラッコよりも遥か先に行ってしまっていた。
フィンランド製で、内装に重厚な木材をたくさん使っている重たいモーターセーラーのラッコだけは、風が吹いても、あまりスピードが出ずにのんびり走っていたのだった。
「ね、もう連休最後だし、今日のお昼は浦賀に寄って、カレーライスを食べていかない?」
麻美は、ルリ子が釣った魚をさばきながら提案した。
「いいかも」
船は、ちょうど浦賀の前を走っているところだった。
ラッコの針路を、浦賀のヨットハーバー、ベラシスのほうに向けて走りだした。
「いらっしゃいませ」
ラッコが入港すると、ベラシスのスタッフがポンツーン上で出迎えてくれた。
「お昼ごはんの食事をさせてください」
ベラシスのポンツーンに船を停めると、マリーナ内のレストランに入った。
そんな大きなレストランではないのだが、横須賀名物のカレーライスが食べられるので、浦賀の辺りに来た時には、ラッコは、よくここで食事をしていた。
「何にする?」
隆は、メニューを開きながら聞いた。
「私、シーフード」
「私はカツ」
ほかの料理もあるのだけれども、皆、カレーライスを頼んでいた。
「俺もカツカレーかな」
隆もカレーを選んだ。
麻美がウェイトレスを呼んで、皆の分を注文した。
「あと、私はチャーハンでお願いします」
麻美は、最後に自分の分を注文した。
「カレーじゃないんだ」
ウェイトレスがキッチンに戻って行った後で、隆は麻美に言った。
「うん。なんか、ここのチャーハン美味しそうだったし、食べてみたかったんだ」
皆のところに食事が運ばれてきた。
皆の前には、シーフードやカツなどカレーライスが置かれているのに、麻美の前だけは、チャーハンだった。
「なんか一人だけ違うものだと、美味しそうに見えるな」
隆は、麻美のチャーハンを見て言った。
「食べる?」
麻美は、チャーハンを半分ぐらい食べ終えると、残りのチャーハンをお皿ごと隆に渡した。
隆は、遠慮せずに麻美からもらったチャーハンも食べていた。
「お腹すいちゃうよ」
佳代は、自分のカレーをスプーンですくうと、麻美に食べさせてあげていた。
「大丈夫よ。船に帰ったら、ルリちゃんの魚もあるし、香織ちゃんが昨日焼いたスイーツが食べてみたいし」
麻美は、佳代から一口だけカレーをもらった後、言った。
船上お料理教室
そのスイーツは、昨晩、香織が焼いたものだった。
ヴェラシスのレストランで、カレーライスを食べ終えて、ヨットに戻ってきた。
食後、本当はもう少しゆっくりしてから出港したいところだが、帰るのが遅くなるので、すぐにポンツーンを離れて出港した。
「紅茶を入れようか」
麻美は、香織と一緒にキャビンに入って、ギャレーで紅茶を用意すると、昨日の夜、香織が焼いたスイーツをお皿に並べていた。
「美味しいね」
デッキに持っていくと、皆は口々に言いながら、香織の焼いたスイーツを食べてくれていた。
昨日の夜、船の中で焼いたものだった。
ギャレーの棚の奥のほうに入っていた小麦粉を見つけた香織が、クルージングで余っていたフルーツを使って作ろうということになったのだった。
ラッコのギャレーには、コンロの下にオーブンが付いている。
オーブンを暖めておいて、その間に粉を練って、フルーツを混ぜて生地を作った。
出来上がったパン生地を、オーブンの上に並べて焼く。
出来上がったスイーツは、船内じゅうに甘くいい香りをさせていた。
「本当に美味しいね。香織ちゃんって家でもよく焼くの?」
「お菓子作りはよくするよ」
香織は答えた。
「でも、家のオーブンだとあまりよく焼けないの」
香織は言った。
「ここのオーブンのほうがうまく焼ける」
「そうなの?なんで」
「たぶん、うちのオーブンって電気なのよ。この船の中のオーブンってプロパンでしょう」
香織が説明した。
「そうか。火力が強いのか」
「うちのオーブンもはじめ、ガスにする予定だったのに、お母さんがオーブンなんてそんなに使わないから、電気で十分とか言って、電気のオーブンになっってしまったの」
香織は答えた。
「香織ちゃんって、実家によく帰るんだ」
「え、そんなには帰らないよ。帰れないよ。うち、岡山だもの。たまに帰った時には、お菓子作りを今でもよくするよ」
「今の家では、やらないの?」
「やらない。今の家は、オーブンも無いし」
香織は言った。
「今度からお菓子を作りたくなったら、ヨットに持ってきて、ヨットで作ろうかな」
「うん。作る時は私も呼んでね」
「いいよ。一緒に作ろう」
「うん。でも、私は作るよりも食べるの専門がいいな」
「私も!」
ルリ子も答えた。
「私は、飲むの専門!香織ちゃんのスイーツを肴に」
雪が言って、皆は笑った。
ヨットは、横浜港内に入って、横浜マリーナのクラブハウスの建物が見えてきた。
これでゴールデンウィークのクルージングも終わりだ。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。