この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第122回
斎藤智
横浜マリーナのマリンショップは、日本最大級の店舗を誇っていた。
横浜マリーナが、ショッピングスクエア内にマリンショップを出店するきっかけになったのは、会員による提案からだった。
商社に勤めているその会員は、ビジネス出張でアメリカに渡米した。出張の合間の日曜日に、ホテルの部屋にこもっているのもつまらないので、外出してヨットハーバーを見に行った。
そのヨットハーバーには、大きなスーパー並みのマリンショップがあった。
その店舗に入ると、広い店内の商品は、すべてヨットやボート、釣りなどに使うマリングッズばかり、日ごろからヨットが好きなその会員は、大興奮だった。
入り口には、大きなショッピングカートが置かれていて、入店したお客さんは、そのカートを押しながら、店内を周っている。
普通の食品スーパーでのお買い物と同じで、客は、商品棚に置かれた商品の中から欲しい商品を選んで、カートに入れていく。最後にレジで、ショッピングカートの中の物を清算してもらうのだった。
「すごいな!こんなマリンショップが日本にも、あったら良いのにな」
出張から日本に戻った会員は、横浜マリーナに来たときに、ほかの会員にも、自分がアメリカで体験してきたマリンショップの話をした。
「いいね。そんなマリンショップ、日本にも欲しいね」
その夢物語が、現実のものになったのが、横浜マリーナのマリンショップだった。
横浜マリーナの日本最大級マリンショップ
横浜マリーナのショッピングスクエアは、A棟とB棟の2棟に別れている。
A棟のほうは、専門店街になっていて、各店舗が出店していた。
B棟は、建物全体が、総合スーパーになっていた。
1階は、食料品、惣菜、喫茶などいわゆる食料品を売っているスーパーだった。2階は、そのスーパーの衣料品コーナーになっていて、敷地の半分に、スーパーの衣料品が売られており、残りの半分は、スーパーに出店しているブティック店舗の衣料品が売られていた。
隆や麻美たちラッコのクルーたちも、クルージングの際によく買い出しをしているので、もうすっかりお馴染みだろう。
不景気の時期に、そのスーパーに出店していたブティックが、店舗を閉店して、そこからの事業を撤退することになった。
ブティックが閉店してからは、2階の半分は、今まで通りにスーパーが衣料品を販売していたが、残りの半分は空き地になっていた。
「空き地を有効利用できないかって話が、スーパーからきているんだけど…」
横浜マリーナの理事会で、理事長が理事たち皆に発表した。
空いている2階に困ったスーパー側が、横浜マリーナに、空いている敷地をなにか利用できないかと相談してきたそうだった。
「マリンショップを開店したらどうだろう。そうすれば、船をマリーナに停めている横浜マリーナの会員たちにも、便利になるだろうし」
ビジネス出張でアメリカのマリンショップを見てきた会員から、アメリカのマリンショップの話を聞いていた一人の理事が、理事会で提案した。
そうして、開店したのが今、隆と中野さんが、買い物に来ているマリンショップだった。
「とりあえずパテとサンドペーパー、塗料で大丈夫でしょう」
隆は、中野さんと店内で、マリオネットの修理に必要なものを選んでいた。
クルージング後の憩い
隆は、買い物を終えてスーパーを出たところで、麻美たちに出会った。
「修理道具は買えた?」
「うん」
隆は、麻美に答えた。
「どこに行くの?」
「ちょっと、夕食の買い出しとルリちゃんが小腹が空いたっていうから、何か食べようかと思って」
麻美が、隆に答えた。
麻美たちは、ビスノー、ラッコの後片づけが終わったので、隆たちの修理が終わるまで、ヒマでショッピングスクエアでのんびりするつもりらしかった。
「いいな。俺も行こうかな…」
「だめ。隆は、マリオネットの修理があるでしょう」
麻美は、隆の頭を優しくなでて、横浜マリーナの艇庫のほうに送りだした。
修理なんかめんどうくさそうで、皆とショッピングスクエアのレストランかどこかでお茶をしたそうな隆の後ろ姿が見えなくなって、ちゃんとマリオネットの修理をしに行くのを確認するまで、麻美は見守ってから、ほかの皆とショッピングスクエアに買い物に行った。
「今日の夕食は、何にしようかな」
スーパーのショッピングカートを押しながら、麻美は考えていた。
「サーモンにしようかな…。隆も好きだし」
「いつも隆さんって、麻美ちゃんの家で夕食を食べているの?」
「いつもじゃないよ。ヨットの帰りは、けっこう家に来て、夕食を食べてから帰ること多いかな」
「そうなんだ」
「隆とは、学生の頃からのずっとお付き合いだからね。うちの弟と隆も仲が良いのよ。だから、私が家にいないときでも、隆だけでよく私の家に来ていて、私が帰ると、隆がただいまって出迎えてくれることも多いのよね」
麻美は、ルリ子や佳代たちと話していた。
「隆が、うちでカジュアルな寛いだ格好していて、私がよそ行きの服で帰ってきて…、どっちの家なんだかわからない感じ…」
麻美が、笑顔で話している。
「麻美さん、隆さんと結婚しないの?」
洋子が聞いた。
「隆と?隆とはどうなんだろうね。隆も結婚する気はないのかもね」
麻美は苦笑して答えた。
スーパーでの買い物が終わると、皆は、喫茶コーナーに行って、ケーキとお茶で楽しそうにガールズトークしながら、隆たちのマリオネットの修理が終わるのを待っていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。