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真っ暗なヨットハーバー

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この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第155回

斎藤智

金曜日の夜、横浜マリーナの港内は真っ暗だった。

その真っ暗な港内のポンツーンにラッコの艇体は、静かに浮かんでいた。

普段、陸上にある艇庫の中に収まっているラッコのヨットだったが、今夜は、隆たちがクルージングに出かけるということで、昼間のうちに横浜マリーナのスタッフがラッコを艇庫から出して、海に下ろしておいてくれたのだった。

おかげで、隆たちが仕事を終えて、横浜マリーナに来るとすぐに海の上のヨットに乗ることができた。

「海上に係留していれば、出し入れにクレーンを使わないから、いつでも好きなときにマリーナに来てヨットを出航させられるのが良いよな」

隆は言った。

「横浜マリーナも、艇庫でなくて、海の上に浮かべて保管することもできるのでしょう?」

雪が隆に聞いた。

「できるよ。ただ、今は海上の係留スペースには空きが無いのではないかな?艇庫の数に比べて、数が少ないくせに人気はあるから、いつも空き待ちでいっぱいなんだ」

「やっぱり皆、陸上よりも海に浮かべて保管したいんだ?」

「そういう人が多いんじゃない、来たらすぐに出航できるし…。俺は陸上保管の方が好きだけどね」

隆は矛盾したことを言った。

「そうなの」

「だって、海上にずっと浮かべておくと、貝とか藻とかいろいろ船底に付いて傷むから。毎年、一回は必ず船底塗料を塗りなおさなければならないしね」

「船底塗料って?」

「そうか。雪はラッコとか陸上艇しか乗ったことないから船底塗料知らないのか。海に浮かべてあるヨットとか船は、貝とかが付かないように、船底に貝が付かないようにする塗料を塗っているんだよ」

「そうか。ラッコの船底って真っ白だけど、色が付いているヨットとかよく走っているものね」

「あれって年一回は塗り直さないといけないし、塗るの大変なんだ。貝が付かないようにする塗料だから、猛毒だしね」

隆たちは、ラッコのデッキ上で話していた。

「隆ー!」

「隆さーん…」

横浜マリーナのクラブハウスの方から大声で隆のことを呼ぶ声がした。

「はーい!?」

隆は、その声のほうに大声で返事をすると、ヨットを降りてクラブハウスのほうに歩いていった。

隆を呼んでいたのは、麻美やルリ子たちだった。

「どうしたの?」

「真っ暗だから、ヨットまで戻るのが恐いんだもの」

夜になると、小さな街灯は付いているのだが、マリーナの中はけっこう真っ暗になってしまう。

「クラブハウスのトイレも真っ暗で恐いし…」

「電気を付ければ良いじゃない」

隆は、女子トイレの入り口付近にあるトイレの電気を点けながら言った。

「ちょっと、そこで待っていてね」

麻美は、しっかりと隆にトイレの前に立たせて待たせておくと、ほかの皆と女子トイレの中に入った。

「何をしているの?」

隆が女子トイレの前まで立っていると、横浜マリーナの入り口、正門をくぐって洋子が入って来た。

洋子は、ショッピングスクエアの24時間スーパーで買ってきたアイスキャンデーをぺろぺろと舐めながら歩いている。

「え、麻美たちが真っ暗だから恐いとか言って、トイレしている間、ここに立たされている」

「そうなんだ…」

洋子も、隆につきあって女子トイレの前で立って待っていた。

「真っ暗だから、恐いんだってさ。洋子は平気なの?」

一人でスーパーまで買い物に行って帰って来た洋子に、隆は聞いた。

「だって、灯りが付いているじゃない」

洋子は、マリーナの小さな灯りを指さして言った。

「そうだよな!真っ暗ではないよな」

隆は、洋子に相槌を打っていた。

「でも恐いとか、麻美ちゃんかわいいとこあるね」

洋子は笑った。

出航前点検

もうじき午前12時になる。

そろそろヨットの出航予定時間になる。

なぜ、こんな真夜中に出航するかというと、横浜マリーナを出航して熱海の港に夕方の暗くなる前に余裕を持って到着しようと思うと、この時間に出航するのが一番ちょうど良いのだ。

「GPSに熱海の航路入れておくね」

洋子はパイロットハウスの航海計器のスイッチを入れた。

「入れ方わかる?」

隆が、洋子のところに来た。

「大丈夫よ」

洋子は、慣れた手つきでGPSのスイッチを入れると、横浜マリーナから熱海までの針路を入力した。

GPSのモニタには、横浜から熱海までの針路が表示された。

「すごい!」

隆と一緒にGPSのモニタを覗きこんでいた香織が叫んだ。

「ここのスイッチで針路を決定するのよ。こっちのスイッチで航路、海図を出して、こっちで現在の速度とかの情報を見れるの」

洋子は、香織にGPSの使い方を説明した。

パソコンがけっこう得意な香織は、洋子に言われてすぐにGPSの操作は覚えてしまった。

「そのへんの画面のスイッチってケータイの操作画面に似てるね」

美幸は、香織の後ろで、洋子のGPSの説明を聞きながら言った。

連休はマリオネットも、ラッコと一緒に熱海に行くことになったのだった。

マリオネットも、横浜マリーナのスタッフに昼間のうちに艇体を海に下ろしてもらっていた。

「ね、ベッドの準備をしておくね」

麻美は、隆に言うと、佳代と一緒にキャビン内のベッドメイキングをしていた。

夜の航海では、グループに別れて交代で舵を握るので、舵を取っていないほうのグループの人は、その間にキャビンの中で就寝するのだった。

ギャレーの前のサロンでは、洋子とルリ子がいつも寝ているので、麻美は、サロンのテーブルを下に下ろして、その上にクッションを敷いてベッドの形にした。

そのクッションの上にシーツや毛布を敷いて二人が寝れるようにしていた。

サロンの入り口のところには、白いカーテンが付いていてそれを閉じると、サロンとギャレーを仕切ることができた。

カーテンを閉じておけば、中で寝る人たちは落ち着いて眠れるようになる。

「すごい!快適に寝れそう!」

麻美が作っているベッドメイキングを見て、美幸が言った。

「そお?普通に毛布を敷いているだけだけど…」

麻美は答えた。

「だって、マリオネットでは、シーツなんて敷いていなかったよ」

「そうなの?」

「ただ、クッションの上に寝袋が置いてあるだけで、寒い人はその中に入って寝なさいって言われた」

美幸は、麻美に言った。

「そうなんだ。船によって、それぞれ違うからね」

麻美は、フォアキャビンのベッドメイキングをしながら言った。

「ね、雪ちゃん」

麻美は、雪を呼んだ。

「いつも、雪ちゃん。ここで一人で寝ていたけど、今回からは香織ちゃんもいるから、香織ちゃんと一緒に二人で寝てもらってもいい?」

「うん、いいよ」

雪は答えた。

「香織ちゃん、一緒に寝ようね」

「はい。なるだけ、いびきかかないようにしますね」

香織は、笑顔で雪に返事した。

「別に女の子同士だし、いびきかいたって良いじゃない」

麻美が、香織の頭を撫でた。

「あとは、私たちの部屋だね」

麻美は、佳代と一緒にシーツを持って、船尾の部屋に移った。

船尾のダブルベッドのシーツを取り替えて、毛布を敷いて寝れるように整えた。

「ここで、いつも麻美さんと佳代ちゃんが寝るの?」

一緒についてきた美幸と香織が聞いた。

「そうよ」

麻美は答えた。

「あ、あと、隆も一緒だけどね」

麻美は、思い出したように隆のこともつけ加えていた。

「え、ここって二人用のベッドでしょう?そこで三人で寝ているの?狭くない?」

美幸が聞いた。

「別に狭くないよね?」

「うん」

麻美と佳代は答えた。

「私が一番手前で、隆が一番奥、真ん中に佳代ちゃんが寝ているの」

麻美は、いつも寝ている順番を香織に説明した。

「佳代ちゃんが小さいから三人でも大丈夫なのよ」

洋子が香織に言った。

「そうか。佳代ちゃんって、ちいちゃくて可愛いものね」

香織は、笑顔で佳代の頭を撫でた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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