この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第99回
斎藤智
ラッコは、横浜マリーナを出航し、港内を出るとセイルを上げた。
「セイルを上げるの久しぶりじゃない」
ルリ子が言った。
先週は、横浜マリーナのクラブレースの最終だったので、ラッコは本部艇をしていて、セイルを全く上げていない。
実は先々週も、ちょっと風が強かったという理由で、まったく上げずに機走でずっと走っていた。
「本当だ!そういえばセイルを上げるの久しぶりかもね」
「あんまりセイルを上げないと、なんだか、セイルの上げ方を忘れてしまいそう」
雪が言った。
「もし、忘れていたら、今日のヨット教室の卒業式で、卒業証書無しになちゃうぞ」
「私は大丈夫。先週、ちゃんとスピンまでセイルを上げたもの」
隆に脅かされて、佳代が笑顔で答えた。
「洋子ちゃんも、ぜったいに卒業できるよね、私たちの中で一番優秀でヨットうまいものね」
雪が洋子に言った。
「私は、まだまだ、たまに舫い結びのやり方も忘れてしまうから、無理かも…」
「そんなこと言わないで。雪も頑張ってしっかり覚えろよ。雪は、ほかの子たちよりも、一番年上なんだし」
隆が笑った。
「一番年上の30代で、年だから、なかなか頭に入っていかなくなってしまっているのよ」
雪が、隆に苦笑してみせた。
「年って、俺と同い年だろう」
「私とも、同い年なんだけど…」
麻美が、雪の肩に寄りかかってみせながら言った。
「それじゃ、ラッコの同じ船に三人も同い年の人がいるんだね」
佳代が言った。
「そう。ルリちゃんと違って、私は、もう30代のおばさんだから」
麻美が、苦笑してみせた。
「いつ隆さんと結婚するの?」
「隆と?だって、私、隆と結婚するかどうかも、まだわからないよ。他に、もっと素敵な男性がいるかもしれないでしょう」
佳代に言われて、麻美が笑顔で答えた。
「そうよね。隆君は、麻美ちゃんじゃなくて、洋子ちゃんと結婚するかもしれないしね」
雪が、いたずらっぽく笑いながら、麻美に答えてみせた。
そういえば、キャビンで食事するときなどにも、隆は、いつもよく洋子と一緒に隣り同士で食事していた。
「え、洋子と結婚するのか?」
隆は、自問自答した。
「洋子ちゃんがいやだって。ね?こんなおじさんとじゃ」
麻美が隆のおでこを突っつきながら笑って、洋子に言った。
「私は、別にいやじゃないけど…」
洋子は、何と返事をしていいか困った顔をしていた。
「ええ、洋子ちゃん。隆さんと結婚するの!?」
佳代が、本気で洋子に聞き返していた。
「え、違うよ。佳代ちゃんが隆さんと結婚したいなら、隆さんのことを佳代ちゃんに譲ろうか」
洋子が答えると、
「うーん。やっぱいい」
しばらく考えた後で、佳代は洋子に答えた。
「隆、残念だったね。佳代ちゃんに振られたよ」
麻美が隆に言った。隆は、何も告白をする前に、佳代に振られたことになってしまっていた。
「え?ううん」
佳代が、慌てて麻美に返事した。
「私が隆さんと結婚しないのは、隆さんと麻美さんに結婚してほしいからなの」
「え」
麻美は、佳代からの意外な返答に困っていた。
「そうだよね!私も、隆さんには麻美ちゃんだと思う!」
洋子が佳代に同意した。ルリ子も頷いていた。
「そ、そうかな」
麻美は返事に困っていた。
「ヒューヒュー」
雪が口笛を吹いて、麻美に答えていた。
「まあ、そういうことだよね」
「え?」
「うん。だね」
麻美が何も言わないうちに、麻美と隆が結婚することで、ラッコのデッキ上では話が盛り上がってしまっていた。
「なんか風が落ちてきたから、機帆走にしようか」
隆が話題を変えようとしていた。
「隆さん、顔が赤いよ」
「え、いや、そんなことないよ」
隆は、雪に答えていたが、隆の顔はみるみると赤く変わってきていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。