この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第143回
斎藤智
ラッコは、午前中だけセイリングに出て、早々に横浜マリーナに戻ってきていた。
その日の風は、まったく吹いていない無風状態だったのだ。
せっかくメインセイルを上げて、ジブセイルも広げて、エンジンまで止めたというのに、風がまったく無く、波まで穏やかなのでセイリングがぜんぜん出来なかったのだ。
朝、日曜日のセイリングをするために、横浜マリーナを出航したのに、風がまったく吹いていないために、セイルを上げても、ヨットがちっとも走らなかったのだ。
「戻って、マリーナでお昼を食べてぶらぶらしようか」
隆が言うと、皆も賛成して、セイルを下ろすと横浜マリーナに戻ってきたのだった。
横浜マリーナには、陸上保管の船でも、一時的に停泊しておけるビジター用のポンツーンがある。
そのビジター用のポンツーンに、隆は、ラッコを停泊させた。
「今日は、ここでお昼にしよう」
皆は、キャビンの中に入ると、ギャレーでお昼ごはんを作り始めた。
今日のお昼は、釜めしとシーフード鍋にするつもりだった。
「あら、なんかお米がパサパサになちゃった」
麻美が、お米が炊けた鍋の中を覗き込んで言った。
ヨットでは、お米を炊くときは、炊飯器ではなくて、お鍋で炊く。
はじめ、ちょろちょろ、中、ぱっぱと言って、お鍋にお米と水を入れて、ガスレンジのガスでお米を炊くのだ。
麻美は、お米の炊き方を間違えてしまったようだ。
「どうしようか」
「チャーハンにしたら?」
ルリ子の案で、パサパサに出来上がってしまったお米を、シーフードと混ぜてチャーハンにすることにした。
チャーハンは、ルリ子の得意料理だ。
「それじゃ、チャーハンはルリ子にお任せするね」
麻美は、お米の入った鍋をルリ子に手渡した。
ルリ子は、お米とシーフードを中華鍋で焼いているうちに、
「ね、なんかパエリアにしたら美味しそうじゃない」
「そうね」
最初は、チャーハンにする予定だったのに、いつの間にかパエリアが出来上がっていた。
「あ、美味そう」
デッキで、セイルの片づけをしていた隆と雪、洋子が、キャビンに入って来て、テーブルの上に出来上がっているパエリアを見て言った。
「美味しいな!」
隆は、パエリアを食べながら、麻美に言った。
「本当は、チャーハンにするつもりだったのよ」
麻美は、チャーハンになるはずだったパエリアを美味しそうに、食べている隆の姿に苦笑しながら言った。
「しかも、チャーハンになる前は、釜めしになるはずだったんだよね」
ルリ子が笑いながら言った。
「ね、私が炊き方間違えてしまったからね」
麻美も苦笑した。
食後、皆は、日曜の午後を、ポンツーンで揺れているヨットの上で、思い思いに過ごしていた。
「あれ、麻美は?」
オーナーズルームのベッドで、少し昼寝をして起きてきた隆は、皆の中に麻美と佳代の姿がないのに気づいて聞いた。
「わからない」
ギャレー前のダイニングでおしゃべりしていた洋子が答えた。
「佳代ちゃん、麻美ちゃんってどこにいるか知らない?」
外からキャビンに戻って来た佳代に、ルリ子は聞いた。
「麻美ちゃん、ヨット教室で先生をしている」
佳代が答えた。
「先生?」
「なんか今日のヨット教室は、午後からロープワークの実習で、生徒にロープの結び方を教えるんですって。それで、メインの先生以外にも、サポートで手の空いている人は、生徒たちにロープの結び方を教えてあげて欲しいってマリーナの人に頼まれたの」
佳代が答えた。
「麻美にロープの結び方なんか教えられるのかよ」
それを聞いて、隆はつぶやいた。
「隆さんも教えるの手伝いに行ってあげたら?」
「いや、面倒くさいから、俺はいい」
隆は、ギャレーの冷蔵庫からお茶のボトルを出して、コップに注いで飲みながら、答えた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。