この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第106回
斎藤智
ラッコのキャビンから、朝のコーヒーの良い香りが港じゅうに漂っていた。
「なんか、お腹が空いてきたな」
雪、洋子と一緒に、ヨットの出航準備をしていた隆は、キャビンの中から匂ってくるコーヒーの香りを嗅ぎながら言った。
それと同時に、隆のお腹が、きゅーっと音をたてて鳴った。
「お腹、空いているんだ」
隆のお腹の音を聞いて、雪は、笑いながら答えた。
洋子も雪と一緒になって、隆のお腹の音を笑おうとしていた。
そのときに、洋子のお腹まで、きゅっと音をたてて鳴った。
「洋子ちゃんも、お腹空いた!?」
雪が、その音を聞いて、洋子に聞いた。
「洋子のお腹、大きな音だな」
「本当に、もう。私のお腹のほうが、隆さんのお腹よりもぜんぜん大きな音で鳴るんだもの。しかも、音が可愛くないし…」
洋子は、恥ずかしそうに、自分のお腹を抑えながら、うな垂れていた。
「出航してから、洋上で、朝ごはんを食べようかと思っていたけど、出航前に今、食べてしまおうか」
「私は、どちらでも良いけど、洋子ちゃんが今、食べたほうが、良いかも。洋子ちゃんのお腹、出航するまでもたないじゃない」
雪が笑いをこらえながら、隆に言った。
「今すぐ食べよう」
洋子は、雪の言ったことを否定せずに、賛成した。
セイルの準備が整い終わると、三人は、キャビンの中に入った。
「あら、もう準備できたの?早いわね」
フライパンで、オムレツを作っていた麻美が、キャビンに入って来た三人に言った。
「出航前に、今すぐ朝ごはんを食べてから、出航することになった」
隆は、麻美に報告した。
「あら、そうなの。それじゃ、早くオムレツ作ってしまわないと…」
どうせ出航し終わってから、朝ごはんだろうと思っていた麻美は、少し慌ててオムレツを作り始めた。
テーブルでは、ルリ子が、小さな手動のコーヒー豆ひきで引いたコーヒーを沸かしていた。
「いい匂いがしていたのは、ルリ子のコーヒーか」
隆は、ルリ子がコーヒーを入れているところを見ながら、言った。
雪が、キャビンにいたクルーたちに、隆と洋子のお腹の音の話をしたら、皆も笑っていた。
「洋子ちゃん、もっと可愛い音だったら、良かったのにね」
「そうなの。隆さんのお腹の音のほうが、私のお腹よりも可愛い音なんだもん、いやになちゃう」
洋子が言った。
「出来上がった料理から、先に食べていて」
エプロンして調理中の麻美は、皆に言った。
隆は、麻美のことは待たずに、先に座って、食べ始めた。
その次に出来上がったオムレツは、真っ先に洋子の目の前に置かれた。
皆が、お腹を空かした洋子に、気を使ってくれたらしい。
「いただきます」
洋子は、隆の隣りの席に腰かけて、オムレツを食べ始めた。
ルリ子が、カップに入れたコーヒーを皆に出した。
雪も腰かけて、ルリ子の作ったコーヒーを飲んだ。
「美味しい!」
「洋上で食べるごはんも良いけど、こうしてクルージングで目覚めた朝に、キャビンの中で食べる朝ごはんも最高だな」
隆は、満足そうにオムレツを食べていた。
ほかの皆も、自分のお皿のオムレツを食べながら、隆の言うとおりだと大きく頷いていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。