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この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第52回

斎藤智

本日の目的地を、三宅島から新島に変更することになった。

「とりあえず、今からでは、夕方までに三宅島に到着できないから、今夜は新島港に入れましょう」

隆は、エンジンが直って、喜んでいる中野さんに言った。

「そうですね。では、今日は、新島の港に入港しましょう」

隆に言われて、中野さんのマリオネットも一緒に、新島に向こうことになった。

「ところで、新島の港は、どこらへんにあるのかな?私は、まだ入港したことないのだけれども、道順とか、隆さんは、わかりますか?」

「ああ、わかります。すぐそこの突端を越えたところですよ。ラッコが先に行きますから、マリオネットさんは、ついてきて下さい」

隆は、中野さんに言うと、洋子たちラッコのクルーと共に、自分の船に戻って、エンジンをかけ、出発した。

「新島に行くの」

「うん。今からじゃ、暗くなるまでに、三宅まではとてもじゃないけど、行けないよ」

船に戻ると、麻美に聞かれて、隆は答えた。

ラッコが機帆走で出発すると、その後ろに、ぴったりとマリオネットがついて来た。

「ルリ子。そこの場所からでいいから、ときどき後ろを振り返って、マリオネットが迷子になっていないか見てあげてね」

隆は、船尾のベンチに腰かけていたルリ子に頼んだ。

「あーあ、今夜は三宅で一泊と思ってたのに、マリオネットのせいで、新島泊まりだよ」

新島に向かう間じゅう、隆は、ラッコのステアリングを握りながら、麻美に愚痴っていた。

「そんなこと言っても仕方ないでしょう。マリオネットさんだって、エンジン壊したくて、壊したわけじゃないんだから。ね、洋子ちゃん」

「ええ」

麻美に、いきなり振られて、洋子は、なんとなく頷いてしまった。

「でも、エンジンの故障と言ったって、エア噛んだだけだよ。そのぐらいならば自分たちですぐ直せるだろうってな」

「そうなの?エア噛みって、そんなものなんだ」

洋子は、隆に、そんなたいした故障ではないということを教えられて、驚いていた。

「隆は、ヨット歴長いんだから、簡単に直せるのならば、直してあげればいいでしょう」

「ヨットは、所詮、海の上では、自分で自分のことは直せないといけないんだよ」

「それはそうかもしれないけど、私たちが側にいて、助けてあげられるときは、助けてあげたって良いでしょう」

隆は、麻美にヨットでのトラブル時のことを説明していたつもりが、逆に、麻美に隆が怒られてしまっていた。

新島港・満車

新島港は、多くのヨット・ボートで大混雑していた。

夏のお盆の時期の伊豆七島は、港によっては大渋滞してしまう。

隆たちのように横浜、東京湾からやって来るヨット・ボートはもちろん、湘南の相模湾に停めているヨット・ボートに、静岡県内のヨット・ボートなど周辺各地のマリーナから、夏のレジャーを楽しもうと一斉にやって来るのだ。

「えらい混んでいるな」

ラッコは、新島港内に入港した。

ラッコの後ろにくっついて、マリオネットも入港してきた。

港内の岸壁は、どこもヨットやボートがびっしり停まっていて、ラッコたちの停める場所などどこにも無かった。

どこかに空きが無いかと探しながら、停める場所が無いので、グルグルと港内の真ん中で周っているしかなかった。

やっと、大型のパワーボートと37フィートのジャヌー、フランス艇の間に、ラッコ一艇ならば停められそうな隙間を見つけた。ジャヌーのデッキ上には、キャプテン帽をかぶったヒゲ面の優しそうなおじさんが立っていて、しきりにラッコの方に手を振り、ここが空いているから来い、と手招きをしている。

「あのおじさん、呼んでくれているよ」

麻美が、バウデッキから隆に言った。

確かにそこの場所なら、ラッコ一艇なら停められそうだ。しかし、後ろにいるマリオネットが停められる場所が無さそうだ。

「すみません、せっかくなんですけど、後ろの船も一緒なんですよ」

あんまり一生懸命に手招きしてくれているので、無視するわけにもいかず、ジャヌーの側まで近寄って、おじさんに、後ろの船も一緒だからとお断りの挨拶をした。

おじさんも理解してくれたようだった。

「式根島港に行けば、まだ空きがいっぱいあるよ」

おじさんに断った後も、停める場所を探して、港内をうろうろしていたラッコに、ジャヌーのおじさんが教えてくれた。

おじさんによると新島港は、ご覧の通りのチョー満員かもしれないが、式根島港はガラガラだと言うのだ。おじさんのジャヌーは、昨夜は式根島港に停泊して、今朝になって新島港にやって来たのだという。

「どうする?式根島港に行こうか」

「式根島港ってここから遠いの?」

「すぐ目の前だよ」

「それじゃ、ここに停める場所が無いのだもん。仕方ないよ。そっちに行こう」

ラッコのデッキ上で、しばらく乗組員同士の停泊場所会議があってから、ラッコとマリオネットは、新島をあきらめて式根島港に向かうことになった。

情報を教えてくれたジャヌーのおじさんにお礼の挨拶をしてから、新島港を出た。

式根島へ

雪は、ラッコのマスト付近で待機していた。

いつもラッコでは、セイリングの際はもちろん、エンジンを併用した機帆走の場合でも、必ず港を出るとすぐにメインかミズンのどちらか一枚のセイルは、広げていた。

だから、新島港を出港した後も、セイルを上げると思っていたのだ。

雪だけでなく、洋子や佳代、麻美もそう思っていたらしくて、マスト付近でそれぞれに待機していた。

「あれ、皆、セイルを上げるつもりでいるのかな」

隆は、マスト付近で皆が待機していることに気づいて、一番側にいたルリ子に聞いた。

「うん。そうだと思う」

「まあ、上げても良いんだけど、式根島港ってすぐそこなんだよね」

隆は、すぐ目の前にある島の突端の向こうを指さしながら、ルリ子に伝えた。

「あそこ?じゃ、上げてもすぐに下ろすことになってしまう?」

「そう。だから、このまま機走で行ってしまおうかと思っているんだけど…」

「セイル、近いから上げないみたいだよ」

ルリ子が、ほかのクルーたちに隆に言われたことを伝えた。

マスト付近に待機していたほかのクルーたちも、コクピット内に戻って来た。

式根島港は、新島港を出てすぐ目の前にある島を目指して、20分ぐらい進んでいくと、突端に突き当たる。その突端の裏側に入って行くと、そこに防波堤があり、その中が式根島港だ。

大きなわりとしっかりした防波堤の中にあるので、周辺の港よりも、嵐など悪天候には強い港だ。

悪天候には強いのだが、あまり人気のない港なので、レジャーボートもあまり停まっていない。

人気のない理由は、島の反対側の港には、熱海などから直航の旅客船があって、観光客目当てのお店がずらりと並んで栄えているのだが、式根島港には、そういったお店の類が少なく、交通の不便なところなのだ。

「交通の便は悪くても良いんじゃないの。別に、街中で遊びたくて、ヨットに乗って島に来ているんじゃないだもの。豊かな自然とふれあいたくて来ているんだから」

麻美は言った。

ラッコは、式根港内に入港した。

港内は、新島港に比べると、決して広くはないが、停泊しているヨット・ボートの数は、数艇しかなく岸壁は、空きが多かった。

「アンカーを打って、停泊しよう」

ラッコの船首には、長いバウスピリットが付いており、その床面には、アンカーが設置されている。隆は、艇を後ろ向きに反転させると、バックで岸壁に着岸した。

「アンカーを打って!」

着岸する少し手前のところで、パイロットハウスにいる佳代と麻美に声をかけた。

隆の指示を受けて、佳代がパイロットハウス内にあるアンカーの昇降装置のボタンを押した。ラッコの船首に収まっていたアンカーは、海の中に落ちて、海底にある岩にしっかり着地した。

あとは、雪たちクルーが、岸壁に移って、岸壁と船をロープで結べば、これで着岸完了だ。

続いて、マリオネットがラッコの隣りの岸壁に着岸する。

マリオネットは、ラッコのようにバックでは着岸せずに、そのまま船首から突っ込む。

マリオネットの場合は、アンカーを船尾から打つので、船首を岸壁に着岸するのだ。

マリオネットのアンカーは、ラッコのように既に船体の一部に据え付けられているものではなく、その都度、収納ロッカーの中から引き出して、アンカーに長いロープを結んでから、アンカーを海中に落とすのだ。

落としたら、ロープの反対側を誰かがしっかり持っていて、着岸の完了と同時にクリート、デッキ上に付いているロープを結ぶ部分に止める。

ラッコの方式ならば、重たいアンカーを引き摺って、船の上を移動しなくてもボタン一つで済む。

マリオネット方式ならば、一か所からだけでなく、状況に応じてどこからでもアンカーを打つことができる。

それぞれにメリットがあった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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