この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第8回
斎藤智
隆が会社に入社して、初の出勤日に廊下を歩いていて声をかけられた。
休憩時間にトイレから出てきたばかりで、濡れた手を振っているところだったので、ちょうど下を向いていて、声をかけたほうに向くと、紺のストッキングにパンプスの足しか見えなかった。
まだ入社したばかりのこの会社に女性の知り合いなんかいたかな、と隆は不思議に思っていた。
顔をきちんと上にあげて見ると、それは会社の事務服を着ている麻美だった。今までスカートなど着ているところなど一度も見たことがなかったので、驚いてしまった。
麻美って意外と足が細いんだな、
制服のベストの間のブラウスの隙間から見える胸の谷間もけっこうあるんだな、そう言うと、まあねって麻美はふざけて片足を前に出し、腕を頭の後ろに持っていき、モデルポーズをしてみせた。
隆は意外と…とは確かに思ったが、今までの麻美の印象が男性的だったので意外と驚いただけで、そこまで女性っぽいとは思っていなかった。
麻美は会社の総務で事務を担当、隆は営業部に配属になった。
それから三年が経った。
ちょうど隆の就職した年というのは、就職氷河期と呼ばれていた頃で、誰もがせっかく入社できた会社の仕事を手放すものかと必死になっていたため、会社を辞めていく人は一人もいませんでした。
隆も、給料安いな、もっとボーナスが欲しい、でないといつまで経っても自分のヨットが持てないではないかと思いつつも、辞めたら全く収入がなくなると我慢して働き続けていました。
そんな中、麻美は、アメリカの文化に興味が出て来たとかで、向こうの専門学校で2、3年学んできたいから会社を辞めると隆に言いました。
「俺は、仕事なくなると収入の当てないし辞めないで続けるよ」
「ずっと…?」
「ああ、俺の家は麻美の家みたいにそんな恵まれた環境じゃないからね」
「そうか。いっそうちのお父さんに隆の分も留学の費用出してもらってしまおうか」
「ハハ、そんなことしてもらえないでしょう…。俺たち結婚しているわけじゃないし」
「なに?隆は私と結婚したいの?」
「え、いや。そんなわけじゃなくて…」
煮え切らない隆の態度に、行動力の早い麻美は、一人で会社を辞めてアメリカ留学に渡米してしまった。
そして隆と麻美の遠距離恋愛?は始まった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。