この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第157回
斎藤智
佳代は、目が覚めてキャビンから外に出てきた。
ちょうど隆が、ステアリングを握っているときだった。
洋子と香織は、前のベンチで座って、たまにジブのトリムを見直していた。
「おはよう。早いじゃない」
洋子は、起きてきた佳代に声をかけた。
「佳代ちゃん、髪が寝ぐせですごいことになっているよ」
香織が佳代の頭をなでた。
あごのラインまで伸びた佳代の髪は、上に向かってあっちこっちに跳ねていた。
「髪、なでてあげるよ」
香織は、自分のズボンのポケットからブラシを出すと佳代の髪をブラッシングしはじめた。
「まだ、交代まで早くないか?」
「起きてしまったから」
佳代は、隆に答えた。
ウォッチの交代の時間までまだ後10分ほどある。
「隆さんが舵を持っているなんて、すごくめずらしくない」
佳代は、舵を握っている隆を見て言った。
このところ、クルーが皆ヨットを上手になってきたせいか、デーセイリングでも、隆は出入港を含めてほとんど舵を握っていなかった。
「起きているなら、交代してよ」
隆が言うと、ステアリングを佳代に渡した。
佳代が隆と代わって、舵を取っていると、しばらくして雪たちが起きてきた。
「おはよう」
まだ夜中で辺りは真っ暗だったが、起きてきた連中は皆、おはようと言って起きてきた。
「皆、起きてきたのかな?」
隆が言った。
麻美の姿だけ見えなかった。
「あと、麻美ちゃんだけ」
「麻美は、何をしているんだ。寝坊かな?」
隆が麻美のことを起こしてこようと、キャビンの中に入ろうとした。
「麻美ちゃん、すごく疲れてぐっすり寝ていたから、起こさないようにして起きてきたの」
佳代は、舵を握りながら隆に言った。
「そうなんだ。まあ、麻美なんかいなくても大丈夫だよな」
「え?うん」
隆は、後半のウォッチグループのリーダーの雪に言った。
「それじゃ、俺たちも寝ようか」
隆と洋子、香織は入れ代わりでキャビンに入った。
「私、船首で寝ようか?」
洋子は、初クルージングの香織を船の揺れが少ないギャレー前のサロンに寝かせて、自分は船首のキャビンで眠りについた。
隆は、船尾のキャビンに入って寝るつもりだったが、すぐに戻ってきた。
ギャレーに行くと、冷蔵庫からお茶のボトルを出してお茶を飲んだ。
「香織も飲む?」
サロンを閉じているカーテンから顔を出して、こっちを見ていた香織に聞いた。
「ううん、大丈夫。寝る前に飲むとトイレに行きたくなるから」
隆は、自分だけお茶を飲み終えると、ボトルを冷蔵庫に戻した。
「隆さん、後ろの部屋で寝るんですか?」
「そのつもりだったんだけど、麻美がベッドいっぱい大股開いて寝ているから寝られない…」
隆の言葉を聞いて、香織は思わず笑ってしまった。
「ここ、私一人じゃすごく広すぎるから、隣りで寝てもいいよ」
香織は、サロンの奥に移って、手前側のスペースを隆に譲った。
「ありがとう」
隆は、香織の横で眠ることにした。
「洋子ちゃんが、自分は前の部屋で寝るからって、私にこっちを譲ってくれたんだけど、私一人じゃ、ここ広すぎて…」
「そりゃそうだよ。ここは二人で寝る用のベッドだもの」
「そうなんだ」
生まれて初めてヨットの中で眠る香織は言った。
隣りの隆は、横になるとすぐに眠ってしまっていたが、香織は、初のヨットでのお泊まりに興奮してなかなか寝付けないでいた。
海の上の日の出
麻美は、窓から差し込む明るい日の出で目が覚めた。
「あら、私ってもしかして寝坊した?」
麻美は、あわててベッドから飛び起きた。
表のデッキに飛び出すと、周りを見回した。
「おはよう」
雪が舵を握りながら、麻美に言った。
「おはよう。ごめんなさい。寝坊しちゃった」
麻美は、皆に申し訳なさそうに謝った。
「ううん。ぜんぜん大丈夫」
皆はコクピットでニコニコ笑っていた。
「私、やるわ」
麻美は、あわててコクピットにやってくると、舵を握っていた雪と交代した。
「髪がすごいよ」
そんな慌てている麻美の後ろにやって来て、佳代がブラシで肩の下あたりまで伸びた麻美の髪をとかしてあげていた。
「ありがとう」
麻美は、髪をブラッシングしてくれている佳代にお礼を言った。
「佳代ちゃんも、ウォッチの交代で起きてきたとき、寝ぐせがひどくて香織ちゃんに髪をブラッシングしてもらっていたんだよね」
ルリ子が、佳代の寝ぐせのことを麻美にばらした。
麻美が、雪と舵を代わって3、5分ぐらいしてから隆や洋子、香織がキャビンから起きてきた。
「おはよう」
皆は、起きてきた隆たちに声をかけた。
「あら、早いじゃない。もう起きたの?」
麻美だけは、もう起きてきた隆たちにおはようの代わりに声をかけた。
「早かったか?ウォッチ明けの時間かと思ったけど…」
隆は時計を見直した。
「私が寝過ぎたのかな…」
麻美も、時計で時間を確認しながら答えた。
「代わろうか」
洋子が麻美のところにやって来て、舵を麻美と交代した。
「麻美ちゃん、5分ぐらいしか舵を取っていないよね」
ルリ子が言った。
「え?」
麻美がずっと一時間ぐらいは舵を握っていたと思っていた洋子は驚いていた。
「そうよね…」
麻美はうつむいて答えた。
「寝坊しちゃって、さっき起きたばかりなの。それであわてて起きてきて、雪ちゃんと交代したのよ」
麻美は正直に言った。
「そうなのか。それじゃ、あと残りの熱海まで全部、麻美に舵を取っていてもらおうか」
隆が冗談まじりに言った。
「そうね」
麻美は、舵を代わってもらった洋子から、舵をまた握ろうかって声をかけた。
「ううん。大丈夫よ」
洋子は、舵を握ったまま言ってくれた。
「それじゃ、代わりに美味しい朝ごはん頑張って作ろうかな」
「うん。麻美ちゃんのお料理美味しいから嬉しい!」
麻美が言うと、ルリ子はそれを聞いて喜んだ。
麻美は、朝ごはんを作るために、ルリ子や佳代とキャビンの中のギャレーに入っていった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。