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鳥羽に廻航

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この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第196回

斎藤智

雪は、今週のヨットをすごく楽しみにしていた。

今週のヨットは、いつものラッコでなく、暁に乗れるのだ。

もちろん、ヨットレースに参加するわけではない。

鳥羽で行われるヨットレースに、暁が参加するための三崎港までの廻航をするのだった。

「なんだって?」

隆は、電話を終えた麻美に聞いた。

「雪ちゃんからだったの」

麻美は返事した。

「今度の週末の予定の確認。雪ちゃん、暁に乗れることが楽しみにしているみたいよ」

麻美は笑顔で言った。

「そうなんだ。雪がヨットレースに夢中になるとは思わなかったよ」

隆が言った。

「そうね」

「ヨットに乗り始めた頃は、雪ってなにもできなかったものな」

「それは、乗り始めたばかりの頃は、誰だってできないでしょ」

「乗り始めたといっても、半年ぐらい経った後でも、洋子とか皆、ある程度はヨットに乗れるようになってきたのに、雪だけは、もやい結びも出来なかったから」

「今は、そんなことないでしょう」

「ああ、麻美なんかよりも、ずっとヨット上手いんじゃないか」

「そうね」

麻美は、隆に言われて苦笑していた。

「あなたたちって、二人でいるとヨットの話ばかりしているのね」

麻美のお母さんが言った。

二人は、会社での一日の仕事を終えて、麻美の実家にいた。

麻美のお母さんが作ってくれた夕食を、ダイニングのテーブルで食事していたのだった。

「そんなことないよ」

麻美は、自分の母に言った。

「ほかの話だって、よくしているよ」

「そう。私には、ヨットの話しかしているところ、最近は見たことないわ」

「そんなわけないじゃない。会社の仕事の話とか、いろいろしているよ」

麻美は言った。

「そうなの。結婚の話とかはしないの」

「結婚?」

「そうよ。結婚の話とか…」

母は、麻美に言った。

麻美は、チラッと隆のほうを見ると、隆は下を向いて照れていた。

「結婚っていえば、あけみちゃんって女の子がいるの。横浜マリーナでヨットに乗っている子なんだけど…」

麻美は、話を変えた。

「その子が、この間、横浜マリーナで結婚式をあげたの。ちゃんとウェディングドレスも着るんだけど、結婚式場でなくて、マリーナであげる結婚式もいいなって思ったわ」

麻美は、うっとりした目で母に言った。

「いいわよ。あなたが結婚するときは、マリーナでもどこでも」

母は言った。

「横浜マリーナからヨットでハネムーンに行くんだよ」

「いいわね。あなたが行くときは、お母さんは岸壁からハンカチを振ってあげるわよ」

「そうね、ありがとう」

麻美は答えた。

「では、まず相手を探さなきゃね」

麻美は、チラッと隆のほうを見ながら一言つぶやいた。

「どこ行くの?」

「ちょっとトイレ」

隆が席を立ったので、麻美が聞くと、隆は答えた。

隆は、リビングに出るとトイレに行ってしまった。

「随分、話の流れで都合よくトイレに行きたくなるのね」

麻美が言った。

「隆君、照れているのよ」

麻美の母は、隆の出ていく後ろ姿を微笑みながら見て答えた。

早朝の横浜マリーナ

朝早く、麻美と隆は、横浜マリーナに到着した。

麻美は、車を駐車場に停めると、車を降りてヨットハーバーに向かった。

助手席に座っていた隆と後部座席の佳代と香織も一緒だ。

今日は、暁の廻航ということで朝早いので、電車の本数が少ない佳代と香織も一緒に同乗していた。

麻美は、東京の家を出た後、横浜マリーナに来る前に、二人の家に寄ってピックアップしたのだった。

隆は、前の晩から麻美の実家に泊まっていた。

最近、隆は、自分の家よりも麻美の実家でばかり泊っている。

おかげで、麻美の実家の中2階にある客間は、来客用の寝室だったのだが、すっかり隆の部屋になってしまっていた。

「隆、自分の家には、たまには帰らなくてもいいの?」

麻美は、あんまりにも自分の家にばかり来るので心配していた。

「いいじゃない。ここの部屋は、隆さんの自分の部屋と思って使ってくれていいからね」

麻美の母のほうは、毎日、隆が泊りに来ることに大歓迎だった。

「おはようございます!」

横浜マリーナの入り口で出会った職員に皆は、挨拶をした。

「おはようございます。早いですね」

マリーナの職員は、クラブハウスの前の植え込みをほうきで掃除しながら挨拶を返した。

「今日は、暁の廻航するんですよ」

隆が職員に説明した。

「ああ、ラッコさんで暁の廻航されるんですか?鳥羽レースの」

「ええ」

「鳥羽まで廻航かな」

「いや、俺たちは、三崎港までの廻航を担当していて、そこから先は堤下さんのところのグループに引き渡して、伊豆まで運んでくれるそうですよ」

「ああ、そうなんですね」

職員は答えた。

「堤下さんのところの廻航は、クルーたちだけで廻航するんだそうですよ」

職員は、自分の知っていることを隆に言った。

「そうなんですね。クルーだけといっても、堤下さんのところのクルーは皆、ベテランばかりだから」

堤下さん、隆のヨットの先生、の53フィートのヨットのクルーは、その前に堤下さんが持っていたヨットの頃からのクルーばかりで、皆、年輩者でヨットも大ベテランばかりだった。

「昨日、堤下さんが配達の途中に、ここに立ち寄ったときに話してくれましたよ」

職員は言った。

「自分も乗りたかったんだけど、配達があって乗れないって嘆いていましたよ」

「堤下さん、お店の仕事が忙しそうですものね」

「ぜんぜんヨットに乗りに来れないみたいですね」

隆たちは、職員と少し立ち話をしてから、暁の艇庫に向かった。

「なんか、間違ってラッコの艇庫に行きそうになったよ」

「そうだよね。今日は暁だったよね」

隆と洋子は、艇庫を間違えて苦笑していた。

「ね、堤下さんって隆のヨットの先生なんでしょう」

麻美が隆に聞いた。

「そうだよ」

「私、まだ一度も会ったことないんだよね。会ってみたいな」

麻美が言った。

「私、一回ぐらい会ったことあるよ」

洋子が言った。

「そうなの」

「うん。優しそうなおじさんだったよ。細身で長身のスポーツマンって感じの方だったよ」

洋子が言った。

「そのうち、いつか会えるよ」

隆は、麻美に言った。

「さあ、出発が遅くなるから、早く艤装しよう」

隆は、暁の艇庫に入ると、脚立で暁の船体に乗り込んだ。

皆も、隆の後に続いて、暁に乗り込んだ。

「麻美!カギは?」

麻美が、望月さんから預かっている鍵をバッグから出して、暁のキャビンの扉を開けた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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