この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第215回
斎藤智
浦賀の港が見えてきた。
浦賀のある港は、横須賀、久里浜の発電所、大きな白い長い煙突が立っているので、物標になって、目指しやすい。
煙突が見えて来たら、その先にある港が浦賀だ。
ヴェラシスマリーナの目の前には、もう一個マリーナがある。
そちらのマリーナは係留ではなく、陸上にクレーンで上架してボートやヨットを保管している。
一方、ヴェラシスマリーナは、うちの横浜マリーナと同じように、水面係留と上架保管が半々ぐらいだ。
横浜マリーナの場合、上架保管のボート、ヨットは、すべて屋根付きの艇庫の中に保管しているが、ヴェラシスマリーナの場合は、艇庫でなく屋外に保管されている。
「そこのポンツーンに泊めるよ」
隆が指示をだして、クルーの皆はフェンダーや舫いを用意して、着岸に備えている。
いつもなら、ラッコがポンツーンに着岸するときは、自分たちで上陸してロープを岸壁に結んでいるのだったが、ヴェラシスマリーナでは、スタッフが迎えてくれて、ロープを取ってくれるので、着岸がとても楽だった。
後ろにやって来たマリオネットも、ドラゴンフライも着岸した。
今夜は、このポンツーンで一泊して、明日の朝に横浜マリーナに帰る予定だ。
着岸が終わり、一服すると、お昼のごはんになった。
マリオネットやドラゴンフライの乗員も皆、ラッコのキャビンに集まってきた。
キャビンの中では、さっきまで寝ていた麻美が、ルリ子や香織たちとお昼の食事を調理していた。
「起きていたの?」
さっきの着岸のとき、デッキに出てこなかった麻美に言った。
「ええ、起きてましたよ」
麻美は、返事した。
「もうすっかり目も冴えてます。ぐっすり眠らせてもらったから」
麻美は、隆に自分の目を指で大きく開いて見せた。
「麻美って、けっこう美人なんだな」
隆は、麻美の顔を覗きこんで言った。
「あら、今ごろ気づいたの?」
「え?」
隆は麻美を見た。
「いや、前から美人じゃないかなとは、思っていたけどね」
隆は、少し赤くなりながら答えていた。
「ひゅーひゅー」
それを見た佳代、ルリ子たちが、隆と麻美を茶化していた。
「後で、浦賀の町に遊びに行きましょうね」
あけみは、皆に茶化されている二人を笑顔で見ながら言った。
「麻美さん、ここに来るの初めてですものね」
「ええ、あんまり浦賀の町知らないから、案内してくださいね」
麻美は、あけみに言った。
「え、うそ!麻美、ヴェラシスに来たことあるだろう」
隆は、麻美に言った。
「え、ないよ」
「あるよ!」
そう答えたのは、隆でなくルリ子だった。
「なぁ、去年もここに来ているよ」
隆は、麻美に言った。
「そうだったかな」
麻美は、自分の記憶を確かめていた。
浦賀の町
午後、食事が終わると、皆はヴェラシスマリーナを出て浦賀の町を歩いてみることになった。
「あれ、そういえばそうだね。ここに来たことあるよね。ここのレストランでカレーを食べたよね」
ヴェラシスのエントランスを通るとき、麻美は思い出したように、隆に言った。
ヴェラシスマリーナの前からバスが出ている。
そのバスに乗れば、浦賀の駅のほうにも出れたが、駅までは行かずに、港の周辺で途中下車してペルーが上陸した場所とか砲台を眺めて、ぶらぶらと歩いていた。
港の周辺をだいたいぜんぶ周りつくすと、またやって来たバスに乗って少し駅に近づいたところまで行き、そこで途中下車をして浦賀の町をぶらぶらする。
「初めての町でバスに乗ったり、降りたりして、なんか楽しいね」
「なんだか、ぶらり途中下車の旅しているみたいじゃない」
香織が言った。
「あれ、あれ、香織ちゃん。なにか見つけたんですか?」
ルリ子が、ぶらり途中下車の旅のナレーションのマネをしている。
「ルリ子さん、ルリ子さん、美味しそうなあんみつのお店見つけましたよ」
香織も、ルリ子のモノマネに乗っかって、ぶらり途中下車の旅の旅人のマネをしていた。
二人が、ぶらり途中下車の旅ごっこをしていると、
「香織さん、中に入ってみましょうか」
麻美までもが、二人に合わせて、ぶらり途中下車の旅のナレーションのマネをしている。
「はーい、じゃ、入ってみますね」
「そうしましょうか(^^)/」
香織が、お店の扉を開けて中に入った。
その後に続いて、皆もぞろぞろとお店の中に入って、中に用意されている席に着いた。ぶらり途中下車の旅だと、旅人は、たった一人なのに、こちらは大人数、大勢だ。
なにしろ、ラッコのメンバーに、マリオネット、あけみちゃんたちのドラゴンフライと三艇のメンバーが一緒になって行動しているのだ。
海の日の連休で、暑い日だったので、出てきた冷たいあんみつが喉に心地よかった。
「後は、どうする?」
「後は、特におすすめする名物も無いので、船に戻りますか?」
あけみが言った。
「それじゃ、駅前まで行ってもいいかしら?今夜のおかずを、なんか買って帰ろうかな、って思って」
麻美が言った。
「さすが、主婦だな」
隆が言った。
そんな隆の顔を覗きこんで、笑顔で頭をやさしく撫でる麻美だった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。